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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)7801号 判決

原告 東京都

右代表者東京都知事 鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士 髙木伸學

被告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木一郎

同 錦織淳

同 浅野憲一

同 山岡正明

同 高橋耕

同 笠井治

同 佐藤博史

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、金二万五五〇〇円および昭和五五年七月一日から前項の明渡ずみまで一か月金八五〇〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一ないし第三項と同旨の判決および第一、第二項についての仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例三条に基づき、昭和三一年三月一六日、被告に対し、都営第二江古田住宅(以下「本件旧住宅」という。)のうちの別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)につき、使用許可を与え、これを使用させた。

2  原告は、公営住宅法二五条一項、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づいて、被告に対し、昭和五四年七月六日到達の書面で、昭和五五年一月三一日限りで本件建物の使用許可を取り消す旨通知するとともに、同日限りで本件建物を明け渡すよう請求した。

3  東京都営住宅条例二〇条一項六号所定の「都営住宅の管理上の必要」は、次のとおりである。

(一) (都営住宅建替えの必要性について)

既設都営住宅は、建設後の年数の経過にともなって老朽化してきており、特に昭和三五年度までに建設された木造都営住宅の大半は、老朽化が著しく、その維持管理に多大の費用を要する。

しかも、これらの木造都営住宅は、現在では、既成の市街地の中心と呼べる地域に多く、居住環境の整備・改善、市街地の防災対策の向上、職住近接の確保、土地の合理的かつ高度な利用等都市開発の適地となっている。

一方、都営住宅の必要性は、現在もなおいささかも減少しておらず、特に既成市街地における需要は、職住近接の要求等からきわめて高く、健全な都営住宅の供給の増大をはかることが、強く望まれている。

特に東京都における住宅事情は深刻であり、なかでも低所得者層は最もその影響を受けている。

たとえば、昭和五五年一〇月の新築都営住宅の応募率をみれば、第一種住宅の平均応募倍率は二三倍(最高三〇〇倍)、第二種住宅のそれは一〇〇倍(最高三五〇倍)である。

そこで、原告は、昭和五一年度から昭和五五年度までの第三期住宅建設五箇年計画をたて、四万三〇〇〇戸の都営住宅の建設を決定したが、その建設計画の半分は、木造都営住宅の建替事業によることとした。

このように、公営住宅の必要性の高い既成市街地において、老朽化した低層の既設都営住宅を、中高層の鉄筋住宅に建て替えることには、既成市街地の内部において都営住宅の供給量を増加させ、住宅地再開発を推進し、用地取得に要する費用と労力を低減して都市経営の合理化が確保できるなど、多大の利点がある。

そして、相当程度居住性の低下した木造都営住宅を建て替えることは、近代的な、中層または高層の公営住宅の供給の促進、居住環境の整備ならびに大都市の不燃化と防災に貢献する。

(二) (本件旧住宅の建替えの必要性について)

本件建物を含む本件旧住宅は、昭和三〇年度に建築された木造平家建住宅であるところ、原告は、昭和四七年九月二〇日、同住宅がすでに耐用年数(二〇年)を二分の一以上経過し、老朽化の程度も著しく、機能も低下してきたので、土地の効率的利用、建物の不燃化および居住環境整備等の見地から、これを建替対象の住宅とすることを決定した(以下「本件建替事業」という。)。

本件建替事業の実施によって、各戸の住宅専用面積が二八・〇九平方メートルから四二・三六平方メートルに増加し、本件建物敷地を含む空地には児童遊園が設置され、建物は鉄筋となるため不燃化される。このようにして、建替え後は、住宅の居住環境が格段に整備される。

(三) (本件建物の除却の必要性について)

(1) 昭和五一年六月までに、本件旧住宅のうち、被告の居住する本件建物とこれに隣接する乙山春夫方住宅(都営第二江古田住宅五三号)を除いた二二戸の居住者は、すべて転出した。

そこで、原告は、右二二戸の住宅を取りこわしたうえ、昭和五一年一二月二〇日、鉄筋コンクリート造三階建都営住宅二四戸(都営江古田二丁目アパート、以下「本件新住宅」という。)の建設に着手し、昭和五三年七月五日完成した。

(2) ところで、本件新住宅の建設敷地は、三三四四・一五平方メートルで、第一種住居専用地域に指定されており、建ぺい率六〇パーセント、容積率一五〇パーセントの土地である。そして、その敷地の周囲は、四方とも一般住宅に囲まれ、それも小住宅が建て込んでいる状態で、緑地や災害時の避難場所、公園等の空間地の少ない場所である。

したがって、本件建替事業においては、緑地、公園等の住環境の整備に重点が置かれ、本件新住宅の東側および北側に緑地に囲まれた公園および児童遊園を設置することとした。そして、この公園および児童遊園は、同時に敷地の東側および北側の住宅に対する日照の確保にも役立つものであり、このことは、近隣住民からの強い要望でもあった。

また、この公園等の設置は、中野区の住環境整備計画にも合致するものであって、本件建替事業にあたって、原告と中野区との協議の場においても、中野区から強く要請されたものである。

(3) ところが、前記乙山春夫方住宅については、同人の死亡後、その妻である乙山春子が、昭和五六年三月に退去したため、現在では、被告が居住する本件建物のみが原告において本件建替事業と一体をなす住環境整備工事として計画した北側児童遊園の中央に残存し、児童遊園としての機能や美観を阻害しており、災害時の広場としての利用にも支障をきたす状態であって、このため、原告は、住環境整備の目的を果たすことができない。

(四) (被告との明渡交渉について)

(1) 原告は、昭和四八年三月一六日、被告を含む本件旧住宅の住民二二世帯に対し、第一回の説明会を開いた。その際、本件建替事業の趣旨、建替計画の概要について説明して住民の協力を求め、協力者に対する移転先の斡旋、移転料・協力費の交付その他の条件を提示し、質疑応答を行なった。また、住民の実態調査を実施して、住民各自の事情に応じた移転処理に備えた。その結果、同年七月までに四戸が転出した。

(2) 次に、原告は、同年七月一一日、第二回説明会を開いたが、その前日に、有志代表として、被告および丙川夏夫の連名で、都知事あての建替反対の通知書が出されたため、第二回説明会では、この通知書の反対理由に記載された事項について質疑応答がなされるとともに、原告は、住民に対し、さらに、建替えへの協力を要請した。その後、二戸が協力して、他の住宅に転出した。

(3) その後、原告は、同年八月一七日に第三回、同年九月二一日に第四回の説明会をそれぞれ開いたが、被告は、いずれも欠席した。また、原告は、住民の要望に応じて、個別折衝もした結果、昭和四九年四月までに一三戸が他の住宅に転出した。

(4) 他方で、昭和四九年二月二日、被告、乙山春夫および丙川夏夫の三名から、建替反対陳情書が都知事あてに提出されるとともに、同月五日、被告および乙山春夫が、東京都住宅局を訪問して、住宅局技監その他の担当職員と話合いを行ない、乙山春夫については、本件旧住宅敷地内の建設に支障のない場所にある仮設代用住宅に移転してもらうこととし、その細部については後日話し合うとの合意が成立した。

原告側としては、本件建替工事に、全戸撤去のうえで着手できれば最もよいところであったが、本件の場合、残留者三名との解決が遅れることが予想されたため、当面のやむをえない措置として、本件工事に直接の障害となる乙山春夫方住宅の撤去を目的として、同人に、本件建物の隣の仮設代用住宅への移転を要請したものである。なお、仮設代用住宅が、建替えにともなう仮移転用住宅として臨時に代用する除却予定の建物であることは、第一回説明会で十分説明しており、被告らもこれを了承していた。

(5) 昭和四九年四月四日、都住宅局担当職員四名が被告方に赴き、被告、乙山春夫および丙川夏夫らとの間で、乙山の仮設代用住宅への移転について具体的な話合いがもたれた。その結果、乙山から、仮設代用住宅に移るにあたり、従来居住していた住宅と同様の日照、通風などの生活環境条件を維持することが要請され、原告側としては、できるかぎりその点を配慮することを約した。

その際、被告から、本件建物を無期限で貸与してほしい旨の主張がなされたが、それに対して、原告側は、建替えの趣旨を重ねて説明して明渡しの協力を要請した。

昭和四九年八月、乙山は、本件建物の隣の仮設代用住宅に移転した。

(6) 同年九月一七日、付近住民等との話合いおよび住環境の整備等の関係から、当初の三〇戸建設予定が、二四戸に減り、また、建物の配置等に変更が生じたため、本件旧住宅の住民一三名の出席を得て、その旨の了解を求めて説明会を開いた。

そして、昭和五一年六月二〇日、前記丙川夏夫が転出したことによって建築工事が具体化し、同年一二月二〇日、本件新住宅の建設に着手し、昭和五三年七月五日完成した。

(7) しかしながら、その後の原告から被告に対する移転協力要請にもかかわらず、被告が移転に応じないため、原告は、被告に対し、昭和五四年五月二三日到達の書面で次のとおりの条件を提示して、本件建替事業への協力を要請した。

(ア) 本件建物に代わる移転先として、次の建物を提供する。

東京都中野区江古田二丁目《番地省略》所在

都営江古田二丁目アパート○○号棟(本件新住宅)○○○号室または○○○号室

(間取り六畳、四畳半、三畳、ダイニングキッチン)

(イ) 新住宅の使用条件は、次のとおりとする。

① 使用料月額一万九九〇〇円

ただし、入居後五年間の使用料は、一年目八〇パーセント、二年目六五パーセント、三年目五〇パーセント、四年目三五パーセント、五年目二〇パーセントをそれぞれ減額する。

② 保証金は、使用料の二か月分とする。

(ウ) 移転料として七万円、移転協力費等として一六万八〇〇〇円合計二三万八〇〇〇円を交付する。

(エ) 移転用住宅保有期限は、昭和五四年六月四日までとする。

ところが、被告は、右移転用住宅保有期限を経過しても移転の意思を表示せず、本件建物の明渡しに応じないので、原告は、前記2で述べたとおり、本件建物の使用許可を取り消して、その明渡しを請求したが、被告は、現在まで、本件建物を明け渡さない。

4  かりに、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づく本件建物の明渡請求が認められないとしても、前記2で述べた使用許可の取消しは、実質的には本件建物の賃貸借契約の解約の申入れとみなされるべきである。そして、前記3に述べたように、本件旧住宅の建替えは、都内における住宅の払底事情から老朽化した住宅を整理して土地の効率的利用をはかるとともに、建物の不燃化、居住環境の整備等を目的とするきわめて公共性の高いものであり、かつ、原告は、被告に対して、代替住宅の提供、移転協力金等の提示や家賃の五年間減額を提示するなど、できるかぎり被告の便宜をはかってきたから、原告の解約申入れには正当な事由がある。

したがって、原被告間の本件建物の使用関係は、右明渡請求の日から六か月を経過した後である昭和五五年一月三一日限りで終了している。

5(一)  原告は、公営住宅法一三条、東京都営住宅条例一〇条一項に基づいて、本件建物の使用料を、昭和五一年一二月一日以降、一か月五一〇〇円と定めていた。なお、被告は、昭和五三年七月一日以降、東京都営住宅条例一二条一項四号による生活困窮者の免除の適用により、使用料を免除されていた。

(二) 原告は、本件建物の使用料を、次の理由と手続によって、一か月八五〇〇円に変更することを決定し、昭和五五年七月一日から実施する旨同年五月一九日東京都告示第五三六号によって告示した。

(1) 本件建物については、建築以来、使用料の改定が、昭和五一年まで行なわれなかったため、諸物価の騰貴等によって、従来の使用料では、住宅の維持管理費にも不足する状況になり、この使用料を維持することがきわめて不合理な状況となった。

そのため、昭和五一年に増額変更を行なったが、急激な上昇を避けるために値上げ幅を抑えたことや、その後の期間の経過による物価の高騰および入居者の入居時以後の収入の増加などによって使用料負担の低率化が進み、さらに、住宅の立地条件、経年等の差による都営住宅相互間の使用料の不均衡が生じた。

(2) そこで、原告は、公営住宅法一三条一項一号、二号、東京都営住宅条例一〇条一項に基づいて、法定限度額の範囲内において使用料を変更することとし、昭和五四年一月二九日、東京都知事は、東京都住宅対策審議会に、「居住水準に見合った都営住宅の適正な使用料(家賃)負担はどうあるべきか」について諮問した。

(3) 右審議会は、昭和五四年一二月二四日に答申を行なったが、その答申によれば、本件建物の適正家賃は、一か月九五四六円であるが、今回は、一か月八五七三円の限度で改定すべきものとされていたので、東京都知事は、法定限度額の範囲内で、しかも右答申の限度内である一か月八五〇〇円に増額することを決定した。

(三) したがって、本件建物は、都営住宅として使用しているかぎり、原告において、右使用料相当額の収入を得ることができたのであるから、原告は、被告が本件建物の占有を続けていることによって、右使用料相当の損害を受けている。

6  よって、原告は、被告に対し、主位的には東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づく使用許可の取消しにより、予備的には賃貸借契約の解約申入れにより、いずれも本件建物の使用関係が終了したことを理由として本件建物の明渡しを求めるとともに、使用関係の終了した日の翌日である昭和五五年二月一日から同年六月三〇日までは、一か月五一〇〇円の割合による合計二万五五〇〇円の、同年七月一日から本件建物の明渡ずみまでは、一か月八五〇〇円の割合による、それぞれ使用料相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否および反論

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)について

争う。

既存の木造都営住宅について、老朽化が著しいとするのは誤りである。たとえば、住宅の不良度を、床について根太落ちや傾斜があるか、基礎、土台、柱について傾斜、腐朽、破損、著しい変形があるか、外壁について腐朽、破損があるか、屋根について剥落やずれ、雨漏りがあるか等の観点から判断するとして、現在ある木造都営住宅は、まず、そのどれにも該当せず、今後、十分な耐用年数を有する。

また、原告は、木造都営住宅については、一切修理修繕せず、もっぱら居住者が自費で、これを行なって建物の性能を維持してきたのであるから、木造都営住宅の維持管理に多大の費用を要するという原告の主張は、事実に反する。

さらに、原告の主張する公営住宅に対する「需要」の中味それ自体が問題である。量としての住宅が充足されてからすでに久しく、今日の住宅政策は、「絶対的住宅不足」が解消され、いかに質の向上を実現するかというところにある。原告が住宅困窮者と呼称する人々の中には、「応接間が欲しい」とか「書斎が欲しい」などといった人々も多く含まれており、そのほとんどは「狭い」という不満である。原告のいう「住宅困窮者」なる概念は、こうした主観的調査の結果でしかない。したがって、都営住宅に対する「需要」云々といったところで、このような人々のために被告ら既存公営住宅居住者が犠牲になって明け渡さなければならない実態が、はたして存在するか否か、全く疑問というほかはない。

また、かりにある程度の需要が存在するとしても、それはあくまでも公営住宅の大量建設によって解決されるべきことである。このような需要があること自体、国および都がこれまで住宅建設を一貫して怠っていたことの帰結でもある。それを既存公営住宅居住者に安易にしわ寄せすべきではない。原告は、まず、その所有する遊休地を公営住宅の大量建設にあて、また、積極的に用地取得等の努力をすべきであって、これもしないで、わずかばかりの戸数増のために、居住者の意思に反して建替えを云々すること自体不合理である。

また、原告は、既存の木造・簡易耐火公営住宅をすべて中高層化する方針であるが、この方針は著しく合理性を欠く。住宅を中高層化することの弊害は、すでに常識化しつつある。イギリスでは公営の高層住宅の建設は完全に中止されたが、これも、住環境としての中高層化住宅が、居住者に及ぼす精神上および健康上の悪影響が明らかになってきたからにほかならない。住宅政策は、すでに量から質の時代に入っており、今後の主要な問題は住宅の「質」および居住者の「定住化」である。単なる戸数増のための中高層化は否定され、これに代わって、住環境とコミュニケーションに力点を置いたテラスハウス等の方式が評価されてきている。したがって、原告の全面的画一的中高層化構想は、何の合理性もない、官僚の一方的かつ独善的産物でしかない。本件住宅についても、これを中高層化する利点は全く存在しない。

(二) 同3(二)の事実のうち、本件旧住宅が昭和三〇年度に建築された木造平家建住宅であることは認め、本件建替事業の決定については知らない。その余は否認ないし争う。

本件旧住宅は、少なくとも建替開始までは、緑に包まれた閑静で小ぎれいな、そして手入れの大変ゆきとどいた住宅群であった。

(三) 同3(三)の事実のうち、(1)は認め、(2)は否認ないし争う。(3)のうち、乙山春子が退去した事実は認めるが、本件建物のために児童遊園が整備できないとの主張は否認ないし争う。

(四) 同3(四)の事実のうち、(1)、(2)は認め、(3)は知らない。(4)のうち、合意の内容および原告側の意図については否認し、その余の事実は認める。(5)のうち、乙山の移転先が仮設代用住宅であることを否認し、その余の事実は認める。(6)、(7)は認める。

4  同4は争う。

5  同5(一)の事実のうち、被告が、昭和五三年七月一日以降使用料を免除されていた事実を認め、その余の事実は知らない。同5(二)、(三)は、いずれも争う。

三  被告の主張

1  (公営住宅法所定の手続によらない建替事業にともなう明渡請求の違法性)

公営住宅の建替事業にともなう明渡請求は、公営住宅法所定の手続によらないかぎり違法である。

すなわち、公営住宅法は、公営住宅建替事業が土地の効率的利用等の目的にかない適法となるための要件を同法二三条の四で規定し、入居者に対して明渡請求をするには、同法二三条の六ないし一〇所定の手続による必要があるとしている。同法は、入居者に対して論理必然的に明渡義務を発生させる建替事業が、合理性・必要性を有するための担保として、所定の内容的・手続的要件を充足することを要求している。そして、このような場合にのみ、その建替事業とこれにともなう明渡請求に公共性を認め、適法性を付与している。

したがって、これらの要件を充足しない建替事業とそれにともなう明渡請求は、他に根拠がないかぎり、公営住宅法に違反し、無効である。

2  (東京都営住宅条例二〇条一項六号の無効について)

東京都営住宅条例二〇条一項六号は、公営住宅法・借家法にも規定されていない独自の明渡事由を創設したもので、公営住宅法による委任の範囲を逸脱し、借家法六条に違反して無効である。

すなわち、管理上必要があるとは、具体的に何を意味するか必ずしも明らかでなく、その基準が具体的に決められるとしても、家主の側の一方的決定に基づいて明渡しを請求されるというのでは、入居者の地位を著しく不安定なものとする。このような明渡事由は、借家法や公営住宅法のいかなる規定にも根拠をもつものではなく、無効である。

3  かりに、同条例二〇条一項六号が、ただちに無効であるとまではいえないとしても、以下の事情があるから、本件建替事業にともなう明渡請求は、同号にいう「管理上必要がある」場合にはあたらない。また、同条例二〇条一項六号に基づく明渡請求が、賃貸借契約の解約申入れと解されるとしても、同様の理由で「正当な事由」がない。

(一) (建替工事の完了)

本件建替工事は、昭和五三年七月五日、計画された児童遊園の一部も含めて完了した。

すなわち、原告の主張する土地の効率的利用、建物の不燃化による防災対策および住環境の整備等の目的は、すでに達成されている。

そこで、本件の場合、原告側の管理上の必要性(東京都営住宅条例二〇条一項六号)あるいは正当事由(借家法一条の二)として問題となるのは、本件建物の敷地を利用して、児童遊園および歩道を作る必要性がどれだけあるかということであり、かつそれに尽きる。しかし、このような児童遊園や歩道整備の必要性が、被告の本件建物使用の必要性を超えることはない。

なぜなら、本件新住宅に住む児童は、ほんの数名にすぎず、本件新住宅の敷地内に児童遊園は一部完成しているし、本件建物の周辺にも、すでに公園が整備されているからである。

むろん、原告に児童遊園を整備しなければならない法律上の義務があるわけではない。

また、歩道整備の点についていえば、本件建物前の公道は、本件建替事業によって若干拡幅され、その南側に歩道が設けられたものの、その東側、西側とも、既存の民間住宅によって塞がれた形になっており、歩道が完成したとしてもごく短いものにすぎない。

美観の点についても、本件建物の周辺に存在する建物は、そのほとんどが木造住宅であり、本件建物は、その周囲に樹木が生い茂っているから、付近の美観を害することは全くない。

(二) (被告の居住の必要性)

被告は、本件建物に入居する際、防湿のために床下に石灰を敷き、本件建物の外壁に防腐剤を、内側にはニスをそれぞれ塗ったうえ、その後、およそ三年ごとに防腐剤を塗るなどして、本件建物の維持・管理に努めてきた。

そのため、本件建物は、雨漏りもせず、土台等の腐朽も一切なく、今後さらに長い年月の使用に十分耐える状態にある。

他方で、被告は、四年程前から無職であり、老齢年金、生活保護などで毎月八万円ほどの収入があるにすぎず(明渡請求当時は、一か月約三万三〇〇〇円)、現在、高血圧症、冠硬化症、肺気腫により通院加療中でもある。このように老齢かつ病弱な被告にとって、長年住み慣れた木造の本件建物から、家賃が一か月二万円近くになる鉄筋コンクリート造の建物に移り住むことは、精神的ばかりでなく、肉体的な苦痛をも意味し、経済的な破たんをもたらすことになる。

また、原告は、被告に対し、本件建物から退去した場合にも、住居が保証されているかのように主張するけれども、代替家屋の提供というのは、あくまでも明渡交渉にあたって原告が提示した条件にすぎず、本件訴訟では、原告は、正当事由を補完する条件として代替家屋を提供することをしないで、無条件の明渡しを求めているのであるから、被告としては、敗訴して明渡しをすれば、それこそ路頭に迷うほかはなくなるのである。

4  (明渡請求しない旨の確約)

原告は、被告に対し、昭和四九年四月四日、本件建替事業に対する被告の協力を得るにあたって、本件建物が朽廃した場合は別として、被告が本件建物に居住し続けるかぎり、本件建物の明渡しを請求しないことを確約した。

原告の本訴請求は、この確約に反するものであり、信義則ないしは信頼保護の原則に照らして許されない。

5  (使用料相当損害金の免除)

被告は、昭和五三年七月一日以降、本件建物の使用料の支払いを免除されているから、実質的に使用料と変わることのない使用料相当損害金についても、被告は、その支払いを免除されていることになる。

四  被告の主張に対する原告の認否および反論

1  被告の主張1は争う。

2  同2は争う。

3  同3(一)のうち、本件新住宅が完成している事実は認めるが、その余はすべて争う。同3(二)は、不知ないし争う。

被告の収入が、その主張するように低額であれば、原告が提供した代替家屋に入居しても、使用料の減免措置手続をとることによって、被告は、使用料の免除を受けることができるから、使用料が増額されることによって、被告の生活に支障が生じることはない。

4  被告の主張4の事実は否認する。

5  同5は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1(使用許可)、同2(使用許可の取消し)の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、東京都営住宅条例二〇条一項六号の趣旨について検討する。

1  公営住宅法は、国および地方公共団体が住宅に困窮する低額所得者に対して住宅を低廉な家賃で賃貸することを目的として特に立法され、公営住宅の建設・管理等について規定する法律であるから、公営住宅の使用関係については、公営住宅法の規定がまず適用されるべきである。しかし、公営住宅法には、借家法および民法の適用を一切排除する趣旨の規定は見あたらず、公営住宅法自体の文言上も、その規定する対象たる公営住宅の使用関係を賃貸借としていることが明らかであるから、同法に特別の規定がない場合には、借家法および民法が適用されるものと解するのが相当である。

2  そして、公営住宅法二五条一項は、事業主体が公営住宅の管理について必要な事項を条例で定めるものと規定しているが、法令の明文の規定またはその趣旨に反する条例を制定することは許されない(憲法九四条、地方自治法一四条一項参照)から、公営住宅の使用関係に適用される法令の規定またはその趣旨に反する条例は、その効力を有しないものと解される。

3  ところで、東京都営住宅条例二〇条一項六号は、知事が都営住宅の管理上必要があると認めたときは、入居者に対し使用許可を取り消しまたは住宅の明渡しを請求することができる旨規定しているが、公営住宅法には、公営住宅の管理上必要があるときには明渡しを請求できることを認めた明文の規定も、そのような明渡請求を認める趣旨の規定も見あたらないから、右条例の規定は、公営住宅法の規定との対照だけでみるかぎりは、法令の認めていない明渡事由を定めたもので無効ではないかとの疑いが生じうるところである。

しかしながら、他方で、公営住宅法には、賃貸借の解約申入れに関する民法および借家法の規定の適用を排除しまたはこれと異なる定めをする趣旨の規定も存在しないから、この民法および借家法の規定は、公営住宅の使用関係にも適用されるものと解すべきである。そして、条例の規定は、可能なかぎり法律と調和するように合理的に解釈されるべきであって、この見地から、前示の公営住宅の使用関係に適用される法律関係に即してこれと調和するように東京都営住宅条例二〇条一項六号の規定を解釈するならば、同号にいう「知事が都営住宅の管理上必要があると認めたとき」とは、借家法一条の二の「自ら使用することを必要とする場合その他正当の事由ある場合にあらざれば……解約の申入をなすことをえず」という規定と同じ趣旨を、都営住宅の管理者である知事の立場から規定したものであると解するのが相当である。

したがって、同号にいう「管理上必要がある」かどうかは、都営住宅管理者と入居者の双方の利害関係、その他社会的・客観的な立場から諸般の事情を考慮し、社会通念に照らし明渡しを認めるのが妥当かどうかの見地から考察すべきである。そして、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づいて明渡しが認められる場合には、明渡請求をした日から六か月を経過したときに使用関係が終了するものと解すべきである。

以下、この見地から、原告の被告に対する本件建物の明渡請求につき管理上必要があるかどうかについて検討する。

三  《証拠省略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

(都営住宅建替えの必要性について)

1  昭和五三年住宅統計調査によると、東京都内の住宅総数は、四二三万九〇〇〇戸であるのに対し、世帯数は三九一万五〇〇〇世帯であり、住宅数が世帯数を三二万四〇〇〇戸上回っていて、住宅は、一応量的には充足されるに至った。しかし、家賃の安い公営住宅に対する需要、特に、東京都など大都市における需要は依然大きいものがある。ちなみに、昭和五五年度の新築都営住宅の平均応募倍率は、第一種住宅で一九・四倍、第二種住宅で六七・四倍となっている。

また、戸数のうえで充足が進むにつれ、住宅の質的な向上が、今日の重要な政策課題とされ、居住水準を向上させて住宅を質的に改善することや、住宅を不燃化して防災性を高め、道路・公園・緑地などの公共施設を整備するとともに災害時の避難場所を確保するなど住環境を整備することが、重要となってきている。

2  ところが、大都市では、一般に、用地の取得が難しいことから、職住近接の要求を満たしながら、しかも、居住水準の向上や住環境の整備を実現して、質の高い公営住宅を供給するために、古くなった公営住宅を建て替える方針がとられている。

原告においても、老朽化した木造都営住宅(多くが交通の便のよい市街地にある。)を中高層の鉄筋アパートに建て替え、都営住宅に対する需要に応えるとともに、都市の不燃化・環境整備、居住水準の向上、職住近接をはかることにしている。

(本件旧住宅の建替計画について)

3 本件旧住宅は、東京都中野区江古田二丁目の都有地三三四四・一六平方メートル上に、昭和三〇年度に建設された、一二棟二四戸からなる木造平家建の第二種都営住宅であった。その所在地は、第一種住居専用地域にあり、第一種高度地区、準防火地域にあたる。

4 原告は、昭和四七年九月二〇日、本件旧住宅の建替えを決定したが、その時点で、本件旧住宅は、耐用年数(二〇年)の四分の三以上を経過していた。

5 原告は、本件旧住宅を鉄筋コンクリート造三階建一棟三〇戸に建て替えることとし、この建替えによって、一戸あたりの居住面積を二八・〇九平方メートルから四二・三五九平方メートルに増加させたうえ、浴室を新設するなど居住水準を向上させる一方で、公園・緑地などの公共施設を整備して災害時の避難場所を確保するなど住環境の整備をはかることとした。

(被告との明渡交渉について)

6 原告は、昭和四八年三月一六日、被告を含む本件旧住宅の住民二二世帯に対し、第一回の説明会を開いた。その際、本件建替事業の趣旨、建替計画の概要について説明して住民の協力を求め、協力者に対する移転先の斡旋、移転料・協力費の交付その他の条件を提示し、質疑応答を行なった。また、住民の実態調査を実施して、住民各自の事情に応じた移転処理に備えた。その結果、同年七月までに四戸が転出した。

7 次に、原告は、同年七月一一日、第二回説明会を開いたが、その前日に、有志代表として、被告および丙川夏夫の連名で、都知事あての建替反対の通知書が出されたため、第二回説明会では、通知書の反対理由に記載された事項について質疑応答がなされるとともに、原告は、住民に対し、さらに、建替えへの協力を要請した。その後、二戸が協力して、他の住宅に転出した。(以上6、7の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。)

8 その後、原告は、同年八月一七日に第三回、同年九月二一日に第四回の説明会をそれぞれ開いたが、被告は、いずれも欠席した。また、原告は、住民の要望に応じて、個別折衝もした結果、昭和四九年四月までに一三戸が他の住宅に転出した。

9 他方で、昭和四九年二月二日、被告、乙山春夫および丙川夏夫の三名から、建替反対陳情書が都知事あてに提出されるとともに、同月五日、被告および乙山春夫が、東京都住宅局を訪問して、住宅局技監その他の担当職員と話合いを行ない、乙山春夫については、本件旧住宅のうちで、本件新住宅自体の建設に支障がない場所にある住宅に移転してもらうこととし、その細部については後日話し合うとの合意が成立した(この事実は、合意の内容を除いては、当事者間に争いがない。《証拠判断省略》)。

10 昭和四九年四月ごろ、東京都住宅局担当職員と被告および乙山との間で具体的に話し合った結果、乙山春夫については、当分の間、本件新住宅自体の建築に支障とならない被告宅の隣の旧住宅に移転し、原告は、乙山に対して、移転料および協力費を支払うほか、本件新住宅完成後は、これに対する入居を斡旋するが、本件新住宅に入居するまでの家賃は無償とするとの合意ができた。

11 その後、乙山春夫が被告宅の隣に転居し、さらに、丙川夏夫が他の住宅に転居したので、原告は、被告と乙山の居住する一棟二戸を残して、他の住宅を除去し、昭和五一年二月二〇日、一棟三〇戸の予定を二四戸に減らしたうえ、本件新住宅の建設に着手し、昭和五三年七月五日に完成した。

12 しかしながら、その後の原告から被告に対する移転協力要請にもかかわらず、被告が移転に応じないため、原告は、被告に対し、昭和五四年五月二三日到達の書面で、次のとおりの条件を提示して、本件建替事業への協力を要請した。

(一) 本件建物に代わる移転先として、次の建物を提供する。

東京都中野区江古田二丁目《番地省略》所在都営江古田二丁目アパート○○号棟(本件新住宅)○○○号室または○○○号室

(間取り六畳、四畳半、三畳、ダイニングキッチン)

(二) 新住宅の使用条件は、次のとおりとする。

(ア) 使用料月額一万九九〇〇円

ただし、入居後五年間の使用料は、一年目八〇パーセント、二年目六五パーセント、三年目五〇パーセント、四年目三五パーセント、五年目二〇パーセントをそれぞれ減額する。

(イ) 保証金は、使用料の二か月分とする。

(三) 移転料として七万円、協力費等として一六万八〇〇〇円合計二三万八〇〇〇円を交付する。

(四) 移転用住宅保有期限は、昭和五四年六月四日までとする。

(以上、11、12の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。)

13 しかしながら、被告は、本件建物の明渡しに応じないので、原告は、前記争いのない事実のとおり、被告に対し、昭和五四年七月六日に到達した書面で、昭和五五年一月三一日限りで本件建物を明け渡すよう求める通知をした。

(本件建物明渡しの必要性について)

14 原告は、本件建替事業と一体となった住環境整備工事として本件新住宅北側に児童遊園の設置を計画したが、その中央に本件建物が残存しているため、その計画が実現できないでいる。

(被告の本件建物使用の必要性について)

15 被告は、明治四三年生まれの高齢者であって、高血圧症、冠硬化症および肺気腫の持病のために通院加療しているが、原告としても、明渡交渉の過程で、前記12で認定したとおり、本件建物からほど近い建替後の本件新住宅内で、しかも階段の昇降等の不便のない一階に、本件建物より居住水準の高い代替住宅を提供したうえ、移転料、協力費等の支払いの条件も提示しており、被告が本件建物を明け渡すことによって受ける不便は、ほとんどなかった。

16 もっとも、被告が代替住宅に転居すれば、賃料が増額されるが、それについては、移転後五年間の賃料が減額されるほか、被告のような低額所得者に対しては、一般的な賃料減額制度があるので(被告が、本件建物の使用料をその制度によって免除されていたことは、当事者間に争いがない。)、本件建物明渡しによって、被告の生計に大きな影響があると認めることはできない。

以上の各事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、本件旧住宅を建て替える必要性および本件建物敷地上に児童遊園を整備する必要性は十分認められるところ、右児童遊園の整備工事は、本件建物に被告が居住を続けているために続行することができない状況にあることが認められる。他方で、原告は、被告が本件建物を明け渡すことによって受ける不利益を最小限にとどめる措置を講じているから、被告が本件建物に居住し続けなければならない必要性はないと考えられる。

四  被告は、本件建物の明渡請求には前記の管理上の必要性がないとして、被告の主張3のとおり主張するので、以下、これについて検討する。

1  被告の主張3(一)(建替工事の完了)について

本件新住宅が完成していることは、当事者間に争いのないところであるが、前掲各証拠によれば、本件建替事業は、居住水準の向上・建物の不燃化にとどまらず、公園・緑地等の公共施設を整備して住環境を整備しながら、防災性を向上させることも、一体としてその目的としているところ、本件新住宅が完成したからといって、これらの目的がすべて達成されるわけではなく、とりわけ住環境の整備の目的の達成は、児童遊園の完成にかかっているともいえるのであって、原告が本件建物を除去する必要性は、本件新住宅の完成によって、なんら消長をきたすものではない。のみならず、前記認定のとおり、本件建物の明渡請求は、本件旧住宅全体の建替事業の一環としてなされたものであるから、右請求についての管理上の必要性の判断も、右事業計画全体との関連でなされるべきであり、本件建物一戸の改築の要否のみに着目してなされるべきではないというべきである。したがって、本件建替事業の必要性が認められ、その内容にも相当性が認められる以上、たまたま右事業計画の中で本件建物の敷地が児童遊園用地とされ、既に新住宅が完成した現時点においては本件建物除去により都営住宅の戸数減を招くからといって、本件建物明渡請求に前記管理上の必要性がないということはできない。

よって、被告の主張3(一)は、理由がない。

2  被告の主張3(二)(被告の居住の必要性)について

原告に、本件旧住宅建替えの必要性があり、被告に、本件建物に居住し続けなければならない必要性がないことは、前記認定判断のとおりであって、被告が、本件建物の維持管理に努力してきたことがあったとしても、そのことがただちに右認定判断を左右するものではない。

また、原告が、代替住宅の提供をしたのは、明渡交渉の過程においてなされたことであって、本件建物の明渡請求自体は、無条件で行なわれたことは、前掲各証拠によって認められるが、他方で、《証拠省略》によれば、被告は、原告から、前記三12で認定したとおり、代替家屋の提供などの条件を提示して明渡しの協力を求められた後、本件建物の明渡請求を受けるまでの間に、本件建物を明け渡す意思はなく、訴訟となってもあくまでも争う意思を原告に対し明示していることが認められるから、これ以上、原告に代替家屋の提供等の条件を維持しなければならないとするのは、無意味であるばかりでなく、当事者間の公平を害する。

よって、被告の主張3(二)も理由がない。

五  以上の諸点を総合考慮すれば、原告の被告に対する本件建物の明渡請求には、都営住宅の管理上の必要があると認めるのが相当である。

六  被告の主張4(明渡請求をしない旨の確約)について

被告本人の供述中には、被告の主張4のような確約があった旨の部分がある。

しかしながら、もし、右確約がなされていたとしたら、被告が原告あてに昭和五四年六月一日に差し出した内容証明郵便である乙第一号証において、昭和四八年三月から今日(昭和五四年六月当時)までの経緯の概略を述べるとしながら、そのような重要な確約についてなんらふれていないというのは、きわめて不自然なことである。むしろ、《証拠省略》を総合すれば、被告と原告側担当者が昭和四九年四月ごろに話し合った席で、被告から本件建物を無期限に貸してほしい旨の要望が出されたが、原告側としては、あくまでも、本件新住宅の完成後は、これに移転してもらうという従来の主張をくりかえし、この点では、合意ができるに至らなかったと認めるのが相当であって、前記被告本人の供述は、この認定に反する限度では採用することができない。

よって、被告の主張4も理由がない。

七  次に、被告は、公営住宅法所定の手続によらない建替事業にともなう明渡請求は違法であるとして、被告の主張1のとおり主張するので、この点について判断する。

公営住宅法第三章の二は、公営住宅の建替事業を円滑に施行し促進することを目的とし、一定の要件を備えた建替事業の施行にあたり、現に存する公営住宅を除去する必要がある場合に、仮住宅の提供・移転料の支払い等の入居者保護の措置をとることを事業主体の義務としたうえで、入居者に対し明渡請求をすることができる旨を規定し、もって強制的に建替事業を実施することができることとしたものと解される。しかし、同法が公営住宅建替事業に関する規定を設けたのは、このような趣旨にとどまるものであって、同法所定の要件を満たさず、または同法所定の手続によらない建替事業を一切許さない趣旨であるとまで解さなければならない根拠は、見いだすことができない。同法によらない建替事業であっても、入居者全員が任意に明渡しをすればなんら支障なくこれを施行することができるのであり、また、明渡しを拒否する入居者がある場合でも、単に建替事業の施行にともなう公営住宅除去の必要性だけでなく、公営住宅管理者と入居者との事情その他諸般の事情を考慮して明渡請求が許される場合があり、これによって建替事業を施行することはなんら妨げられないものと解すべきである。

したがって、被告の主張1は理由がない。

八  また、被告は、東京都営住宅条例二〇条一項六号は無効であるとして、被告の主張2のとおり主張するけれども、東京都営住宅条例二〇条一項六号を無効と解する必要のないことは、前記二で説示したところから明らかであるから、被告の主張2も理由がない。

九  東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づく明渡請求に都営住宅の管理上の必要がある場合には、右明渡請求をした日から六か月を経過したときに、使用関係が終了するものと解すべきことは、前示のとおりであるけれども、六か月経過後を明渡期限とすることも許されると解されるから、本件建物の使用関係は、東京都営住宅条例二〇条一項六号に基づき、昭和五五年一月三一日の経過によって終了したことになる。

したがって、被告は、本件建物を原告に返還しなければならない、

一〇  (使用料相当損害金について)

1  《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  昭和五一年から昭和五五年六月三〇日まで、本件建物の家賃は、一か月五一〇〇円に定められていた。

(二)  昭和五四年一月二九日、東京都知事は、東京都住宅対策審議会に対し、「居住水準に見合った都営住宅の適正な使用料(家賃)負担はどうあるべきか」について諮問し、同審議会は、同年一二月二四日、都営住宅の家賃は、入居者の適正な負担において設定するものとし、これに住宅の規模、経年および立地条件の違い等によって調整を行うべきものとする旨の答申をした。

(三)  この答申によって決められた算定方法によれば、本件建物の適正家賃として、昭和五五年度公募の第二種住宅等の基準家賃一か月二万七三〇〇円(これは、第二種住宅等の収入基準の上限と減免基準の上限の中間値である月額四万二五〇〇円の収入基準の値をとり、この場合、収入基準は、所得税法上の必要経費相当を控除した額であるので、所得税法の給与所得者の例によって、この収入基準の値に相当する総収入月額一八万二一六七円を算出し、これに入居者の適正な家賃負担とするために一五パーセントを乗じた額である。)に、規模、経年、立地条件、設備等に基づいて居住水準に対応した調整を加えることによって、一か月九五四六円の値が得られ、さらに、この答申によれば、従来の家賃一か月五一〇〇円からの急激な増額を避けるため、家賃の増額は、一か月八五七三円の限度で行なうべきものとされた。

(四)  東京都知事は、この答申に基づいて、法定限度額の範囲内で本件建物の家賃を昭和五五年七月一日から一か月八五〇〇円に増額することとし、同年五月一九日、その旨を東京都告示第五三六号で告示した。

以上の各事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

2  以上の事実によれば、前示のとおり、本件建物の使用関係は、昭和五五年一月三一日の経過をもって終了しているから、被告は、同年二月一日以降、本件建物の明渡義務の履行を怠り、そのことによって、原告に対し、同日から同年六月三〇日までの間は、少なくとも合計二万五五〇〇円(一か月あたり五一〇〇円)を、同年七月一日からは、少なくとも一か月について八五〇〇円を、それぞれ下回らない本件建物の適正賃料相当額の損害を与えていると認めるのが相当である。

3  被告の主張5(使用料相当損害金の免除)について

被告が、昭和五三年七月一日以降、東京都営住宅条例一二条一項四号に基づいて、本件建物の使用料の支払いを免除されていた事実については、当事者間に争いのないところであるが、この条例の規定は、「使用料」の減免について規定するにとどまるものであって、債務不履行による損害賠償の性質を有する適正賃料相当額の賠償義務まで免除する趣旨と解すべき根拠は全くない。

したがって、被告の主張5は理由がない。

一一  (結論)

以上検討したところによれば、原告の請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して(建物明渡しについての仮執行宣言の申立ては相当でないから却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田宏 裁判官 鈴木健太 小林久起)

〈以下省略〉

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